スイートジャスミンティー  


5  

 

ドアを開けると、修平はあの寂しいような困ったような表情を浮かべ、私を抱きしめた。本当に来ちゃったよ、と言いながら。
涙でぐちゃぐちゃになった顔を、修平の胸に押し付けると、ほのかにジャスミンティーの匂いがした。
「会いたかったわ」
とても、会いたかったの、そう繰り返すと、修平はただ頷いた。
「知ってる。俺も、とても会いたかったから」
私は、その言葉を飲みこむように、修平にキスをした。長く、激しいキスを。
そうして、私たちはそのままそこで抱きあった。たった五日間の空白を埋めるために。
たった五日間。あらためてそのことに気付いたとき、私は信じられない、と思った。たった五日。それだけで、こんなに修平を求めている自分が信じられなかった。体だけでも、こんなにも飢餓感を覚えたのだろうか、そんな考えがちらりと浮かんだが、それは、修平の熱にあっさりと溶かされてしまった。
修平はいつもの優しい修平ではなく、私もいつもの私ではなかった。甘い言葉も前戯もない、ただ荒々しいだけのセックス。
床の上で何度も何度もつながったあと、私たちは一緒にシャワーを浴び、同じベッドにもぐりこんだ。
「あさみさんと一緒に眠るの、はじめてだな」
感慨深そうに言う修平が可笑しかった。
決して泊まらない、必ず家に帰る、それが私のルールだった。そして、はじめて一緒に眠ることになった今、皮肉なことにそのルールは破られていない。
「本当に、泊まっていいの?」
「泊まらなくちゃ、だめなの」
「あさみさんは、いつも勝手だ」
「そう。私、わがままなのよ」
この部屋を知らないはずの修平が、どうやってここにたどりついたのかは訊かなかった。そんなことは、私にとって、既にどうでもいいことだったから。
私は気付いてしまった。自分が何を求めていたか、本当は何を怖れていたか、に。
「私、修平にあやまらなくちゃ」
なに?と訊いてくる声は落ち着いていて、私をまた少し安心させた。
軽く背中を押された気がして、私は穏やかな気持ちで修平に唇を重ねる。それから、彼の目を見つめながら、いちばん伝えたかったことを口にした。自分でもおどろくほど、するりと。
「私、あなたがとても好きみたい」
修平はわらった。いつもの、寂しいような困ったような表情で。
「ごめんなさい」
同じ顔をしてそう言うと、修平はまたわらった。
「ノープロブレム、まったく問題なし、だよ」
おどけて言った修平は、私を強く抱きしめる。息が出来ないほどの力で抱きしめられ、私が身じろぎすると、さらに腕に力を込めた。
「修平?」
「少しでいい。我慢して」
ひそやかな声は、泣いているように聞こえた。
やがて修平は、優しい愛撫とともに、体中にたくさんのキスを降らす。言葉もなく、ただひたすら私の体を求める修平に、私はめまいがしそうだった。
このまま、二人で、昏い淵に落ちていけたらいいのに。
私がそう思ったとき、修平が私を見つめて言った。
「俺も、あなたが、とても、好きだ」
一言ずつ区切るようにゆっくりと言った修平の顔は、私のまぶたに焼きつく。
それは、一途で、かなしい、でも仕方ないといった表情だった。

カーテンの隙間から差し込んでくる太陽の光で、目を覚ます。
隣で寝ている圭一の髪に、顔を押し付け、彼が目を覚まさないくらいの小さな声で、おはよう、と言った。
寝室を抜けだし、急いで朝食の支度をする。
私は、良い妻でなければならない。
トーストにバターを塗り、スクランブルエッグを作り、温野菜のサラダをテーブルに置く。圭一が気に入っている、手製のドレッシングを側に添えると、私はもう一度寝室へ戻った。
「起きて。朝よ」
うん、と眠そうな目をこすりながら、圭一は寝ぼけた声で、おはよう、と言った。
「おはよう。朝ごはん、出来てるから起きてね」
私の声は、優しく響いただろうか。少しだけそう思いながら、私はカーテンを開けた。
部屋いっぱいに、まぶしい光があふれた。

「今日は、早く帰ってこられる?」
玄関まで圭一を送り出す。
うーん、と言った圭一の頭の中では、きっと今日のスケジュールがめまぐるしく思い出されているのだろう。
「たぶん、八時くらいかな」
そう言った圭一に、私は、
「なるべく早くかえってきてね」
と微笑んだ。私は、嘘がとても上手くなった。
「いってらっしゃい」
「はい、いってきます」
玄関のドアが閉まると、わたしは、小さく息を漏らした。
朝食の片づけを済ませ、昨日のうちに乾燥機にかけていた洗濯物をたたむ。一息ついてリビングの壁にかけてある時計を見上げると、時間はまだ十分にあった。
もう少し眠りたくなり、寝室へ向かう。カーテンを閉め、ベッドに入り、起きたらお茶を入れよう、と思った。
ジャスミンティーは、戸棚の中にある。熱いお湯を沸かし、たっぷりと注ごう。彼の持ってくる、大きなカフェオレボウルに。
おはよう。
眠りに落ちる直前、玄関に立つ修平の声が、聞こえた気がした。

 

 

 

END

 
   
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