スイートジャスミンティー  


3  

 

久しぶりの銀座は、相変わらずだった。高級な雰囲気のする街並みは、どこか排他的で、私は何度来ても馴染むことができないでいる。
約束の店に入り、お待ち合わせですか?と訊いてきた店員に頷く。案内されたテラス席で煙草を吸っていた江利子は、私に気が付くと軽く手を上げた。
「元気だった?」
向かいの席に座りながら訊くと、江利子は、ちょっとは病気して休みたいくらいよ、と大袈裟なくらいに肩をすくめた。
「久しぶりね。去年、あんたんちにお邪魔して以来だから、ちょうど半年振りくらいかな」
「そうね」
店員に、ストレートティーを頼みながら、私は頷く。
「水田くんは、相変わらず忙しいの?」
「まぁ、普通に。たまに休日出勤はしてるけど、平日の夜はそんなに遅くないし」
ふぅん、と意味ありげに言いながら、江利子は新しい煙草に火をつける。
江利子はヘビースモーカーだ。知り合った頃には、一日に平均二箱は吸っていて、圭一を紹介されたときも、私の隣でずっと煙の気配がしていたのを覚えている。いつまでも結婚しない江利子に、煙草をやめてみれば?と助言したとき、彼女は、煙草くらいで私を判断する男なんてこっちから願い下げだわ、と鼻でわらった。
「それで…?」
先に注文していたコーヒーに口をつけ、江利子が訊く。
「それでって?」
「例の恋人とは、どうなの?」
予想はしていたけれど、いきなりその話題かと思うと、私はちょっとだけ可笑しくなった。メールなり電話なりで頻繁に連絡を取っていたものの、修平とのことは、詳しく話していなかった。話すのが嫌だったからではなく、ただ、その機会がなかっただけなのだけれど。
「どうって、普通よ」
そう答えると、江利子は疑わしげな目をしてわらう。
「普通?」
「そう、普通。たまに会って、セックスして、それだけよ」
本当にそれだけだったから、他に説明のしようがなかった。
「それだけ?」
「だって、他に、何をするの?」
わらった私に、江利子は、まぁ、そうね、とつぶやく。
「それにしても、あんたのそれは、ほとんど病気よね」
ストレートティーを持ってきた店員には聞こえないように、小さな声で江利子は言う。
「結婚する前からだけど、まさか結婚後も、とは思ってなかったわよ」
江利子の呆れたような言葉を聞きながら、私は、テーブルに置かれた紅茶茶碗を見ていた。それは、繊細で、持ち上げると壊れそうに思えた。まるで、修平の腕みたいに。後ろから抱きしめられるのが好きな私は、いつも修平の腕を見ている。それは、細く頼りなく見えて、実はとても力強い。
考えながら、ふと可笑しくなった。気が付くと、修平のことばかり考えている。修平といるときは、圭一のことばかり考えているのに。
「私に圭一を紹介したこと、後悔してる?」
なんだか意地悪な気持ちになって、そう訊いてみた。
江利子は、私がこういう女だと、昔から知っていた。心と体が分離した、欠陥のある女。そんな女に、男友達を紹介したこの友達は、圭一なら、私を修正できると思っていたのかもしれない。もし江利子がそう思っていたのなら、その期待は裏切られたのだ。私は今も、他の男と関係を持っている。
紅茶を啜りながら江利子を見ると、バカねぇ、と呆れたような声で言われた。
「後悔なんて、してないわよ」
江利子は、わらった。
「私は紹介しただけだもの。その後のことは、あんたと水田くんの問題でしょ。後悔なんて、そのことに関係ある人が経験するものだわ」
「……そうね」
そうだ。江利子の言うとおりだと思った。
「私は、あんたが幸せならそれでいいし、水田くんにしても、そういうあんたの側にいて、幸せだと思ってるんなら、それでいいと思うわ。本当のことを知っているかどうか、なんて、たいした問題じゃないもの」
軽く言った江利子は、私から目を逸らし、煙草の煙の行方を眺め、目を細めた。
まったく、江利子には適わない。彼女はいつも公平だ。だからきっと、私は江利子が好きなのだろう。
「前のときもそうだったけど、今度の恋人にも、私は反対なんてしないわ」
ま、応援もしないけどね、そう言ってにっこりとわらう。その笑顔が、私にはとてもまぶしく見えた。
そうして、それきり、その話は終わりになった。江利子の仕事の話や懐かしすぎる昔話をし、時間はあっという間に過ぎていく。
店を出ると、江利子は地下鉄の入口まで送ってくれた。
これから職場に行くのだという江利子に、頑張ってね、と言うと、彼女は立ち止まって、少し真面目な顔をした。
「どうしたの?」
私は、俯いた江利子の顔を覗き込む。
「ねぇ、あさみ。その恋人も、やっぱり体だけなの?」
江利子を見て、私は、修平の顔を思い出した。私の周りの人は、みんなかなしそうな顔をする。困ったような寂しいような、かなしげな顔。
「愛してないの?」
そんな顔をしないで。
それを言葉に出来ないのは、きっと私のせいだからだ。みんなにかなしい顔をさせているのは、私。でも、自分ではどうにもできない。
「……よく、わからないわ」
そう、こたえるのが、精一杯だった。


 
   
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