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「奥まで入れて。そう、ちゃんと掻きまわして……」
腹のたるんだ中年の客は、いっぱいに膨らんだ自身をしごきながら、涼子を見つめている。
今日の客は、三度目の指名だった。
典型的な変態オヤジで、いろいろと玩具を使わせては、いちいち感想を訊いてくる。
そんな客はざらで、というより、そんな客ばかりだから、涼子は慣れていたつもりだったが、今日に限ってはどうしても気分が乗らなかった。
「ほら、ぐちゅぐちゅいってるよ……いい音がする」
「いやっ、そんなこと…いわないでっ……」
恥ずかしがるふりをする。
「いいよ、リョウちゃん…そう、もっと、脚を開いて見せて」
「だめっ、こんな…のっ、おかしくなっちゃう……っっ!」
気持ちよくてたまらない、といった演技をしながら、内心、涼子はうんざりしていた。
傍目には大きすぎると思われるディルドを自分の中に入れ、左手で上下に抜き差ししながら、右手の中指でクリトリスを擦る。
ひざを折りまげ、大きく拡げた脚の向こうには、いまにもよだれを垂らしそうな客の顔。
いいよ、すごく、いい。ぼくもすぐにイキそうだ。
聞こえてくる客の息づかいに、眉をひそめながら、涼子は最後の演技をする。
この客は、玩具を引き抜く瞬間を見て、射精する。
涼子は、甘い嬌声を上げ達したふりし、相手からいちばんいやらしく見えるように、ゆっくりとそれを引き抜いた。
完全に抜ける瞬間、くぽっと小さく音がし、涼子は自分が濡れていたことにおどろいた。
本物そっくりの太くて長いディルドは、涼子の蜜でてかてかといやらしく光っていた。
それを見ると同時に、男は、イクッと呻き、大量の精液を放った。涼子の白い腹の上に。
「ちょっ……!!」
なにするの、と涼子が言う前に、客はいやらしく笑いながら、ごめん、とあやまった。
「キミのが、あまりにステキだったから」
そう言えば、女がよろこぶとでも思っているらしく、これ、今の分の追加料金ね、そう言って、一万円札を数枚差し出す。
――勘弁してよ……。
涼子は、うなだれる
そうして、咲坂に会いたい、となぜか思った。
涼子が自分の体を慰めているのを、ただじっと見ているだけの男に。
またね。
そう言われたのは、すでに三週間前のことだった。
事務所は、麻布にある高層マンションの一室で、一見してもそこが住居用に使われていないことは、わからないようになっていた。
そこに所属する女の子たちも、ホステスのように華やかな格好をして出入りしているわけではなかったから、よほど気にしていないかぎり、いかがわしい仕事を終えた女の子たちがぞろぞろと集まってくることに気付く人はいないだろう。
十六階でエレベーターを降り、右手のいちばん奥のドアを開けると、綾乃が、にこやかに迎えてくれた。
「あら、リョウちゃん。おつかれさま」
「おつかれさまです」
こたえながら涼子は、綾乃はいつも胸元の開いた服を着ているな、と思った。
綾乃は、涼子が所属するずっと以前から、ここにいる。
すべての顧客の管理や、登録している女の子という商品のマネージメントも彼女の仕事だった。
この事務所は、綾乃がいるから機能しているのだ。
観賞用として、最高の体。
社長がそう言い切るだけあって、そのプロポーションは、女の涼子でも目を見張るものがある。
だが、綾乃がこの事務所の外でそう仕事をしているかどうかは、誰も知らないことだった。
おそらくそういう事実はない、と涼子はみている。
――綾乃さんの体は、愛されている体ですよ。
以前、涼子はそう言ったことがある。
羨望や嫉妬からではなく、ただ素直にそう思えたのだ。
男に触れられ、愛されることで出来あがった体にちがいないと、そのときの涼子は唐突に感じた。
愛されてできた体。
愛を知っている体。
綾乃には、自分とはちがう、なにかがあふれていた。
――なあに、それ。
いつものように艶やかな声でころころと笑いながら、綾乃は言った。
――でも、うちのナンバーワンにそんなことを言われるのは光栄だわ。
綾乃の言うように、そのころの涼子は、指名率がトップだった。
週に二回しかシフトを入れないこともあって、予約が数ヶ月先までいっぱいだったこともある。
今ではもっと若い子がたくさん働いてくれるので、そんなこともなくなったが。
「リョウちゃん、ちょっと待っててね。すぐに清算するから」
綾乃の声を聞きながら、涼子は奥の部屋のドアを開ける。
事務所は四つの部屋にわかれていて、その一つは、登録スタッフの待合室だった。
「あ、リョウさん、お久しぶりです」
小さな頭をちょこんと下げたのは、涼子と同じく仕事を終えたばかりのアユだった。
部屋の真ん中に置かれたLC3にゆったりと座り、つけっ放しのテレビを見ている。
色白でとてもきれいな顔をしたアユは、二ヶ月ほど前から見る顔だった。
彼女の名前が、涼子はどうしても好きになれない。
本名に限りなく近い名前にしているのは涼子くらいなものだったが、それでも、今、涼子の前で笑顔を見せている若い女の子がその名前を誇らしげに名乗っていることは理解しがたかった。
雰囲気は深窓の令嬢、といった上品な感じで、彼女には、桜子、とか、薫子、と言った四文字の純日本風の名前が似合う、と涼子はいつも思うのだった。
実際には、本名を知らないのだからなんともいえないのだけれど。
時代の傾向か、ホステスも含め、アユという名前は人気がある。
それを証明するように、涼子がここに所属するようになってから、アユという名前の女の子がいなかったためしはない。
涼子の入る前から考えると、目の前のアユはいったい何代目なのだろう。
「リョウさん、このあと食事に行きませんか?」
どうでもいいことに思考を置いていると、アユに声を掛けられた。
彼女の睫毛は、強力なマスカラによって強化された鎧のようだと思った。
「うーん」
と、はじめから断るつもりなのに、涼子は考えるふりをする。
行きたいのだけれど、行けない、そういう雰囲気が大切なのだ。
「ごめんね。明日も朝から仕事だから」
時計は十時五分前を指していた。
別に、今から食事をしたって、明日に響くほどの時間ではない。
けれど、涼子は、自分のプライベートにここの人間を入れる気はなかった。
アユは、残念だといった風に肩をすくめ、
「リョウさんなら、この仕事だけで十分稼げるのに」
と言った。
「ごめんね」
もう一度涼子があやまると、アユは、全然、といってにっこりと笑い、テレビに視線をもどした。
涼子は、テレビの前を横切り、窓のそばのLC4に座ると、白い天井をながめ、それからゆっくりと目を閉じた。
アユをよぶ綾乃の声。
はあい、と甘ったるい声で返事をするアユ。
流しっぱなしのテレビの音。
目を閉じるとたくさんの音が聞こえる。
ここは、いったいどこなんだろう、と涼子はぼんやり考えた。
わたしは、どこに来てしまったんだろう、そして、これから、どこへいくのだろう、と。
「リョウちゃん、おまたせ」
浅い眠りに引き込まれてそうになっていると、綾乃がよんだ。
まったく、綾乃は仕事が早い、と思う。
もう少しゆっくりやってくれれば、お気に入りのLC4で眠ることが出来るのに。
「はい、今日の分。お疲れさまでした」
専用の機械に印字された領収書にサインしていると、
「そういえば、今日、咲坂さまから指名が入ったわ」
思い出したように綾乃が言った。
綾乃の言葉に、涼子は小さく息をのむ。
そして、その名前を聞いたときによろこんだはずの自分を、綾乃に見破られなかったかが気になった。
またね。
ドアの向こうに消えた声。
これまで、一週間に一度、規則正しく入れられていた予約は、あの日を最後に途切れていた。
「でも、私、もうスケジュールいっぱいですよね」
涼子がそう言うと、綾乃は、いくつかは変更ね、と笑った。
「また、連絡するわ。おつかれさま」
はきはきとした綾乃の声は気持ちがいい。
「おつかれさまでした」
平然を装いながらあいさつすると、涼子は事務所をあとにした。
帰り道、涼子は、さっきまでの憂鬱が、少しだけ晴れているのを感じた。
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