抱けないカラダ  


1  

 

六本木交差点のすぐ近くにあるコーヒーショップで、ソイラテを飲みながら、涼子はちらりと左手の腕時計を見た。
指定の時間まであと三十分。
ここから指定されたホテルまでは歩いて五分ほどだ。
もう少しゆっくり出来る、そう考えて、ついさっき六本木駅の改札で取ってきたフリーペーパーを一枚ずつ丁寧にめくりながら、それにしても、と考える。
それにしても、あの人はどうして私を指名するんだろう、と。
今日の客は、今月に入って今日で四度目だ。
あと五日で今月も終わりだから、平均すると、規則正しく週に一回よばれていたことになる。
初めて彼の前で仕事をしてからすでに半年。
先月までは、せいぜい二週間に一度のペースだったはずが、よほど気に入ってもらえたのか、それとも、何か別の事情があるのか、指名は日ごとに増えていった。


若い男だった。
自分と同じくらいか、もしくは年下だろうと思われるほど童顔な男。
こんなことに興味があるのは、ただの変態オヤジか、もしくは全てをやり尽くして、新しい愉しみを得ようとする金持ちくらいなものだと思っていた。
職種が特殊なせいか、今まであまり若い客に当たったことがなかった涼子は、はじめて彼を訪れたとき、間違いました、と部屋を出ようとしたくらいだった。

大丈夫、あなたをよんだのは僕だから。

そう言って男は笑ったけれど、それでもしばらくはドアの前で呆けてしまった。
彼は、どうして私をよぶのだろう。
日を追うごとに彼を思い出している自分に気付き、涼子はひそかに肩をすくめた。
「ま、そんなことはどうでもいいんだけど、ね」
そうひとりごち、ぱらり、とフリーペーパーをまた一枚めくった。

 

涼子が今の事務所に登録してから二年半になるが、実は、常連というのは特に、めずらしいものでもなかった。
こういう趣味を持った男というのはそう多いわけでもないのだろうか。それとも、こういう職業自体が特殊なのか。
ただ、常連といっても、せいぜい三ヶ月だということも、涼子は学んでいた。
どんなに気に入られても、どうやら三ヶ月くらいが限界らしい。
どんなセックスもいずれ飽きる、ということの象徴のようだ、と涼子は思っていた。
自分のやっていることは、少しばかり勝手がちがうけれど。
仕事内容はいたってシンプルだった。指定されたホテルに行き、男と会い、行為をする。
終わると、事務所へ戻って、自分の報酬をもらい、帰宅する。
ただひとつ、この仕事が世間で思われているのと少しちがうのは、女の子は決して客に体を許さない、ということだった。
ホテルでおこなうのは、自慰。
客はそれを見ているだけ。決して商品に触れてはならない。それが、涼子の所属している店のルールだった。
そんな仕事があると知ったとき、涼子はひそかに天職だとさえ思った。
男と寝ることに興味を持てない自分には、セックスがさほど必要だとは思えない。
言い寄ってくる男がいないわけではない。
本気で好きになる相手がいないだけだった。
以前は、付き合ったり、寝たりした男もいたが、その誰にも、特別な感情を持つことが出来なかった。
――お前を抱いてると、人形とヤってるみたいだ。
三年ほど前、付き合っていた男にそう言われたことがあった。
きっとそれは酷い言葉だったのだろうけれど、面と向かって言われたにも関わらず、不思議と何の感情も湧いてこなかった。
と言うより、酷いことを言われた、という自覚すら涼子にはなかったのだ。
下手をすれば、上手い表現をする、くらいに思っていたかもしれない。
そうして、それらはすべて、いまや涼子にとってどうでもいいことだった。
そう、人形と言われても、それは間違いではないのだ。
快感を得たいだけなら、何も男と寝る必要はなかった。
心がない相手に、快感を与える気もさらさらなかった。
そこに悦びなどなかったし、何かを求めていたわけでもなかった。
そうして、ある日、涼子は気付いてしまった。快感を得る簡単な方法を。
ただ、体を見られることに、なぜか興奮をおぼえた。
触れられることではなく、ただ、溺れている自分を見られることに。

 
   
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